武井壮の元嫁はオリンピック選手?睡眠時間45分は嘘?本当?坂上忍号泣、兄の死因?

武井壮プロフィール

生年月日 1973年5月6日
出身地  東京都
血液型  A型
職業   タレント・マルチアスリート
代表作  タッチ、極悪がんぼ、99.9 -刑事専門弁護士- SEASON II  etc

今回は、武井壮さんについてご紹介したいと思います。

大学時代に短距離走を始め、1997年の第81回日本陸上競技選手権大会十種競技において、競技歴2年半で優勝した経歴があります。

2010年までの間、陸上選手はもとより、競輪選手・プロゴルファー・プロ野球選手の個人トレーナーも務めるなど、アスリート兼指導者としての才能を発揮しています。

2003年頃から本業の合間に芸能活動を始め、2012年5月、歌手・森山直太朗の紹介という形で『うもれびと』に百獣の王を目指す男として出演し注目を集め、地上波のバラエティ番組で活躍するようになりました。

元嫁はオリンピック選手って本当?

通称“百獣の王”の武井壮さんですが、2017年に元交際相手の女性から訴えられていたことを週刊文春に報じられました。さらに武井さんに結婚歴があることが判明し、そちらに注目が集まっています。

相手はオリンピック出場歴がある女性アスリートとのことですが、武井さんはその嫁と2004年に結婚するも1年足らずで離婚。

今回訴えられたのは、その後に交際していた女性だそうで、最終的には和解して決着がついたといいます。

ネット上で噂されている元嫁の名前は1992年のバルセロナ五輪、 1996年のアトランタ五輪に出場した、新体操の山田海蜂(やまだ みほ43歳)。

ともに元マッスルミュージカルのメンバーだったことがきっかけではないかと言われている。

ただ、1年足らずで離婚しているということしか分かっておらず、離婚の原因についても詳しく分かっていない。

元交際相手の女性とトラブルになった原因は、武井の浮気だったらしく、その上に手をあげていたこともあったのだとか。

まったくイメージがつきませんが、浮気性な上にDV疑惑・・・本当であればかなりショッキングですね。

山田海蜂さんと武井さんは元マッスルミュージカルメンバーです。

山田さんは現役引退後、 東京大学総合教育学科研究生を経て、日本女子体育大学大学院スポーツ科学研究科にて運動学を修了しています。

ポールスターピラティス・コンプリヘンシブの資格を取得するなど、これまでの競技生活・大学での指導経験・そしてダンスで学んできたことを活かし、現在、病院では中高齢者の運動指導、スタジオにてピラティスの指導と、 芸術・しなやかなそして強い表現運動を求め研究しつつ、パフォーマーとしても活動している。

最近では、TBSのスポーツ特番「SASUKE」に女性挑戦者として出場。結果はダメだったが、まだまだ現役のアスリート並に活動している。

武井壮さんは、文春の取材にも自分が浮気性なことを認めています。

2004年頃といえば、武井はまだ芸能界へ入るか入らないかの年で、お金もないはずですよね。

浮気する余裕があったのか疑問が残りますが、いつか武井さん本人の口から真実が語られる日まで待つしかなさそうですね。

睡眠時間45分は嘘?本当?

武井壮さんは1日に45分しか睡眠時間をとっていないと発言し、話題になったことがあります。

その話が本当なのか、2013年9月放送の「人体科学ミステリー」にて検証されています。

この番組では、いつどこで何時間寝ているのか、脳波時計などを使って武井さんの睡眠状態を調べました。

その結果、1日の睡眠時間45分は本当だということが判明しました。

・一般人は睡眠時間に入るまで15分かかるのに対し、武井さんは1分
・深い睡眠に入る時間も一般人の4倍の速さ
・睡眠時間のほとんどが深い睡眠に入っている

これは普通の人の10倍早く睡眠に入り、2倍以上効率よく疲労回復できるということでした。

常人には考えられませんよね。

武井さんいわく、鍛えれば誰でも短い睡眠で生活できるといいます。

6年間毎日気温、天気、体温、体のコンディションを記録していき、その法則をあみ出したとか。

この45分という睡眠は分割睡眠とよばれ、科学的にも推奨されている睡眠方法のようです。

坂上忍が号泣?兄の死因とは?

毒舌で知られるタレントの坂上忍さんですが、2014年に放送されたTBS「さんまのからくりTV」で武井さんと共演し、その知られざる関係が明らかになりました。

20年以上前、坂上は俳優を志していた武井の兄・情さん(享年24)の面倒を見てくれるよう頼まれ、情さんを付き人として雇った

そして、一緒に野球チームでプレーするなど公私ともにかわいがったという。

しかし、情さんが突然、体調不良を訴えた。闘病中も、坂上は野球に誘い出すなど元気づけたが、1年もたたずに他界。

その後、坂上は「(情さん以上には)愛情を注げない」という理由で付き人をつけていないという。

まさか武井さんのお兄さんが付き人だったのですね。亡くなってしまったときのショックは、はかり知れなかったと思います。

武井は「不安定な生活の兄の面倒を見てくださったり、無名だった兄の俳優デビューを実現してくださったりとか、いつも兄は坂上さんのことを僕に話して、誇らしい顔だったことを覚えています」と感謝。

私がテレビに出るようになって番組の収録でお会いした際にも、忍さんから“お前、情の弟だよな。ごめんな、しばらくになっちゃって”とおっしゃってくださいました。」と感謝の言葉を口にした。

これに対し坂上さんも「誰にも言ってなかったんで」と思わぬ縁に涙する場面もありました。

亡くなったお兄さんのためにも、武井さんのますますの活躍を応援したいですね。

生い立ちや生活保護はうそ?

武井壮さんの生い立ちがかなり厳しかったと本人が語っています。

幼い頃に生き別れとなり、その後母親がどうなったのかは分からないそうですが、置いていかれた状態で育ったという生い立ちエピソードを語り、それでも親には感謝の思いしかないと話しています。

生い立ちの中で、あまりにも幼い頃に母親と離れたため、覚えていないといいます。両親が離婚後、一般的に考えると、母親が出ていったというのですから、父親に育てられたんだろうなと推測されるのですが、父親が別に家庭を持っていたため、なんと、兄と二人で幼い頃から自立して生きていく事になったという生い立ちを持っているようです。

そして、両親の離婚後、父が用意した部屋で、なんと兄と二人で暮らすことになったようです。生活は2人ですることになり、炊事洗濯などは武井壮が担当したそうです。

たまに父親がお小遣いをくれたそうですが、生活は厳しく、学校へ弁当を持っていくことが出来ず、なんと職員室で先生に弁当を分けてもらって生き抜いていたそうです。彼が、勉強をがんばれた理由はこのように、先生が親代わりのように面倒をみてくれたことだったといいます。

周囲の人に助けられながら学業を頑張り、特待生となって学費を免除してもらい、なんとか大学まで卒業、たくましい子供時代を生き抜いてきた経験を持っているのです。

生活保護を受給していたかまでは、語られていないためわかりませんが、かなり苦労されてきたことは事実のようです。

この辺で武井壮さんの紹介は終わりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする