菊地凛子と結婚した染谷将太との年齢差や馴れ初めは?子供は何人で性別は?

菊地凛子プロフィール

生年月日 1981年1月6日
出身地  神奈川県
血液型  不明
職業   女優
代表作  バベル、スカイ・クロラ The Sky Crawlers、ノルウェイの森、47RONIN、パシフィック・リム etc

今回は、女優の菊地凛子(きくち りんこ)さんについてご紹介します。

もともとは、モデルとして活動していた菊地凛子さん。

2001年に出演した、熊切和嘉監督の映画『空の穴』で世界的に評価され、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『バベル』で、ハリウッド女優としての道を切り開きます。

言葉が話せない役でアカデミー賞にノミネートされた5人目の女優となり、現在も多くの海外作品に出演しています。

結婚した夫、染谷将太との年齢差や馴れ初めは?

菊地凛子さんは2015年1月1日、俳優の染谷将太さんとの結婚を発表しました。

2人の歳の差はなんと11歳。実力派役者同士の結婚に、大きな話題となりました。

「染谷は早熟で、中学生の時から新宿のゴールデン街を出入りしていたそうです。その理由は、満島ひかり、吉高由里子などを見出した映画監督の園子温氏に会うため。

結局、監督を見つけることはできなかったそうですが、染谷の表現に対する探究心は凄い。

日々の読書量も多く勉強家、そして最近は映像作家としても活躍しています。その多彩な才能に菊地は惹かれていったのでしょうね。

彼女の元恋人は「マルコヴィッチの穴」の監督で知られるスパイク・ジョーンズでしたが、やはり相手はハリウッドの一線で活躍するクリエイターのため、菊地自身かなり背伸びして付き合っていたとも聞きます。でも染谷なら年下ですし、気持ち的にも楽なはず」

2人は2013年、俳優の森山未来さんの紹介で付き合うことになりました。

染谷将太さんは映画監督としての顔ももっており、仙台短編映画祭へ出品した作品のイベントの際は、菊地凛子さんが現地まで付き添い話題になりました。

「宮城・仙台から東京へ向かう新幹線の中で、牛タン弁当を仲良く食べているカップルがいた。女性は菊地凛子。彼女が熱い視線を絡ませていたのは染谷将太だった。

夜10時過ぎ、東京駅に着いたふたり。スタッフ男性と別れると。2人は手と手を絡ませて通りまで歩き、タクシーに乗り込んだ。」

かなり堂々と交際していたので、結婚するのは誰もが予想していたことでしたね。

子供は何人で性別は?

男性が年上の歳の差婚は多くありますが、女性が一回り近くも離れているパターンは珍しいですよね。

交際期間1年もたたずに結婚し、2016年5月7日には菊地凛子さんが妊娠していることも発表されました。

2人は連名の直筆署名で「このたび私たち夫婦は、新しい命を授かることができました」と報告。

HPに連名で「新たな家族が増えるという喜びと感動を大切に。また日々精進していきたいと思っております。」とコメントを掲載している。

その後、2016年10月8日に、無事2人の第一子が誕生します。気になる性別ですが、非公開のようです。

才能あふれる2人のお子さんですから、今後役者としてデビューするかもしれませんね。

英語力の評価は?

ハリウッド女優として活躍している菊地凛子さんですが、最初から英語が話せた訳ではありませんでした。

「バベル」を見た方は、菊地凛子さんが帰国子女だと思いますよね。しかし、英語はわずか2年しか勉強していなかったようです。

「そもそも、日本で女優としてずっとやれるかどうかも分からなくて不安でした。そんなときに、私がとってもリスペクトしてる監督が日本で映画を撮る、かつ英語が必要ない、こんなチャンスない!と思いましたね。」

そして「バベル」後も、菊地凛子さんは国内の映画のみならず、海外の映画のオーディションにも積極的に挑戦されています。

例えば、09年に出演された映画「ブラザーズ・ブルーム」では、英語のみで演技をするレベルにまで到達しています。

近年の映画では13年の「パシフィック・リム(Pacific Rim)」が有名で、特に中国では、公開初日から9億円の興行成績を叩き出すほどの化け物レベルの作品なんですよね。

また、菊地凛子さんはかつて外国人と交際していたことがありました。

アレッタ・フェデリーコさん(アルゼンチン出身のモデル、07年から交際)

スパイク・ジョーンズさん(映画監督、10年から交際)

このように外国人男性と交際する上で、英語を使う機会があったのでしょう。

特にスパイク・ジョーンズさんとはニューヨークで同棲してた時期もありましたので、この時かなり英語力が鍛えられたと思います。

記者:日本の俳優の多くが、英語力が不足しているせいでハリウッドで成功できないように見えますが、それは正しい?

菊地:そうは思いません。私は2年間しか英語を勉強していませんが、オーディションを受けられましたし、『47RONIN』では本当にいい役をもらえました。努力すれば、そしてあきらめなければ、英語の能力が限られていても成功できると思います。国際的俳優になろうと努力をしてきたわけではありません。素晴らしい監督と一緒に仕事をしただけです。

英語力という意味だとまだまだで、発音もイマイチという意見もありますが、自身の努力で今の地位を手に入れたのですね。

菊池凛子はなぜ人気があるの?

菊地凛子さんの成功はやはり「バベル」出演のチャンスを自らつかんだことでしょう。

演技や「バベル」自体も評価され、アカデミー賞ノミネートによって世界中で有名になったのは大きいですよね。

イニャリトゥ監督は初めは本物の聾唖者を使う予定で、凜子さんには断り続けていました。

しかし凜子さんはこれに屈することなく1年間かけてこの役をゲットしました。

凜子さんは、キャスティングがまだ決まっていない状態で手話教室、英会話教室に通い、普段の生活にも手話を取り入れたということです。

イニャリトウ監督は、一言もしゃべらない役をしたDVDを観て、又凜子さんの熱意にも納得してとうとう配役を凜子さんに決めました。

「バベル」の演技の成功でアカデミー賞ノミネートされたということも国際派女優に一歩前進したといっていいでしょう。

それからやはりハリウッド映画のオファーが舞い込むようになり、ブラザーズブルーム、シャンハイ、次回作はSFホラー映画出演予定(有望監督)となっています。

そこまでアジアン風な風貌ではないですし、英語もあまりできませんが、圧倒的な「個性」があります。

菊地凛子さんの積極的な性格や努力、運、実力があって今の人気を築いたのでしょう。

この辺で菊地凛子さんの紹介は終わりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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