早乙女太一の弟が結婚した嫁は誰?女形をやめた理由は?劇団朱雀の解散理由は?

早乙女太一プロフィール

生年月日 1991年9月24日
出身地  福岡県
血液型  B型
職業   俳優
代表作  座頭市、TAKESHIS’、クローズEXPLODE、信長燃ゆ、BLEACH、会社は学校じゃねぇんだよ、HiGH&LOW〜 etc

今回は、俳優の早乙女太一(さおとめ たいち)さんについてご紹介します。

葵劇団の劇団員の両親の元に生まれ、幼少期から劇団員として育ちます。

小学生の頃には、巨匠・北野武に見初められ、2003年公開の『座頭市』にて映画デビューを飾ります。

2005年には「TAKESHIS’」で本人の芸名でもある「早乙女太一」役を演じています。

「流し目王子」と呼ばれ、歌舞伎役者の女形として舞台に立つだけでなく、俳優、タレントとしても活動しています。

これまでに所属事務所を転々としているようで、2010年3月までは齋藤エンターテインメントだったが、2010年4月から両親が運営する劇団朱雀(株式会社SJK)へ移籍。しかし2015年2月に劇団朱雀が解散してしまい、しばらくはフリーで活動。直談判を経て同年7月にLDHとマネジメント契約を結びました。

弟が結婚した嫁は誰?

早乙女太一さんの弟で、舞台俳優の早乙女友貴(さおとめ ゆうき)さん。

早乙女友貴さんが結婚を発表したのは、90年代に一世を風靡した、ダンス&ボーカルグループ・SPEEDの島袋寛子(しまぶくろひろこ)さんです。

お互いのブログで婚約を報告して、何かと話題のSPEEDメンバーの中でも、久々のおめでたいニュースとなりました。

「共演をきっかけに交際を始め、彼女の魅力、真面目さ、優しさ、美しさ、エネルギー、彼女のすべてに心惹かれ、彼女に対して真の愛を感じました。」

今年2月に上演された劇団EXILEの旗揚げ公演『刀鬼-KABUKI-』にて、島袋寛子さんは、早乙女友貴さんと兄・早乙女太一さんの3者で共演。

この共演をきっかけに、年齢が一回り離れた二人は交際をスタートさせています。

どちらもお騒がせ芸能人なイメージがありますが、親戚同士の集まりがあれば、かなり豪華な絵になりそうですよね。

兄弟そろって姉さん女房ということで、世間からは「SPEED離婚」「年齢差大丈夫か?」と批判され気味ですが、結婚生活がうまくいくと良いですね!

女形をやめた理由はなに?

早乙女太一さんといえば「天才」といわれ、ファンクラブもあるほど人気な女形でした。

画像を見ても、とっても美人で人気が出た理由がわかりますよね。

しかし、早乙女太一さんは女形をやめてしまいました。意外にも早乙女太一さんは女形が嫌いだったのです。

「自分が一番嫌いな女形が、一番求められていることがやっぱり悔しかった。女形じゃないものでも人が見に来てくれるように技を磨かないと、と思っていました。」

このようにコメントしていました。

女形で人気が出たので、やめるとなると周りの反対を押し切ってのことだったでしょう。

しかし、その後も俳優として活躍している早乙女太一さんを見ると、役者としての才能があることがわかりますね!

劇団朱雀の解散理由はなに?

劇団朱雀といえば、早乙女太一さんの父・葵陽之介氏が2003年に立ち上げた劇団です。

早乙女太一さんは4歳で初舞台をふみ、父の後を継いで来ました。

しかし、2015年には解散することを発表しました。

突然、決めたわけではなく、以前から「いずれは解散したい」と座長である父には伝えてありました。

僕は、いつの間にか劇団の先頭に立っていて、なのに、その重荷をちゃんと背負えていなかった。

大衆演劇というものに胸を張れない時期もあったのですが、大衆演劇にしかない面白さを見つけてから楽しんで舞台に立てるようになりました。

だから今回はそこを超えて、僕を含め劇団員のみんなが新しい挑戦をできるようにという、前向きな解散だったんです。

常に新しい挑戦をし続ける早乙女太一さんだからこそ、前向きな解散にいたったのですね!

西山茉希とはDV離婚?はこちらです。

この辺で早乙女太一さんの紹介は終わりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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