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大谷亮平プロフィール
生年月日 1980年10月1日
出身地 大阪府
血液型 A型
職業 俳優
代表作 ソウルメイト、逃げるは恥だが役に立つ、奪い合い、冬、片想い、家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。 etc
今回は俳優・大谷亮平さんについてご紹介したいと思います。
日本でモデルとして活動を始めましたが、2003年に韓国で出演したダンキンドーナツのCMの評価が高く、約1年後に韓国の芸能事務所から誘いを受けます。
以降、現代自動車、KTFオリンパス、SKテレコムなどのCMに出演し人気が出始め、2006年からシチュエーション・コメディ番組『ソウルメイト(韓国語版)』に出演するようになりました。
2016年より日本での活動を開始し、フジテレビ系テレビドラマ『ラヴソング』で日本のテレビドラマに初出演します。
その後、大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で話題となり、海外で活躍した後に日本での活動を始めた、逆輸入型俳優という共通点から「第2のディーン・フジオカ」と称されています。
大谷亮平と結婚した嫁だれ?
大谷さんは韓国に長年住んでいたこともあり、韓国人の女性とすでに結婚をしているとの噂が浮上しています。
その韓国人の女性は一般企業に勤める人物で、交際歴は5年で子供はおらず、お互い仕事を優先しているとの具体的な情報まであります。
しかしネットメディアの取材に対し、大谷さんは結婚をしていないと答えています。
「どうして韓国人の女性と結婚をしたと噂されているのか、彼は不思議に感じていました。結婚を報告したこともなければ、嫁候補となる彼女を紹介したこともありませんからね」(芸能関係者)
「大谷亮平さんは役者になるために生まれてきたような男性です。そして姉妹がおり、女性の本性なども自然と把握しているのでしょう。ですから女性関係で役者人生に傷を付けたくないのです」(前出・芸能関係者)
なるほど。今は仕事が優先ということですね。
また大谷さんは、理想の妻についてインタビューで次のように回答しています。
「気が強くない女性が好きです。おしとやかで笑顔が素敵で、いつでも笑っているような女性です。中々そんな女性がいないことも理解はしていますが…」
「役者魂が強い大谷亮平さんは、自身のイメージがマイナスに傾く可能性がある結婚について、あまり前向きではありません。40代になってから結婚を考えようとしているぐらいです」(事務所関係者)
「大谷亮平さんは結婚をするなら一般女性が良いと考えています。韓国と日本の芸能界に在籍し、芸能人女性の本性を見て、結婚相手として選びたくないと感じたそうですよ」(前出・事務所関係者)
話は変わりますが、大谷さんが、女優・優香と結婚したのではと話題になっています。
たしか優香さんは俳優・青木高さんと結婚しているはずですよね。
なぜこのような誤解が生じたのかというと、単純に大谷さんと青木さんが似ているからというわけでした。
2人とも、いま売り出し中の俳優さんで、雰囲気が似ているのと、プライベートの情報があまりないので混在してしまったようです。
よく見たら全然違いますけどね!
とにかく大谷さんは、役者として生涯をささげる気でいるみたいですね!
結婚報道が出るのはまだまだ先のようです。
竹野内豊とそっくり?
イケメンで渋くて唯一無二の雰囲気がただよう大谷さんですが、おなじくイケメン俳優の竹野内豊さんとそっくりだと話題になっています。
まるで兄弟のようにそっくりですよね!
竹野内さんをもう一段界濃くしたようなイメージです。
竹野内豊(1971年生まれ179cm)
大谷亮平(1980年生まれ180cm)
うーんこれはまさか本当に兄弟だったりするかもですね。
もしそうなら芸能界史上最強にかっこよすぎる兄弟ですが・・・
結論からするとまったくの赤の他人のようです。
いつかイケメン同士で共演してほしいですね!
バレーボールで大学進学?
大谷さんはその長身を生かしてバレーボール選手だった過去があります。
小学校からバレーボールをしており、大学にはバレーの特待生で入学したそうです。
高校時代は大阪の清風高校という男子校で、文武両道の超強豪校でプレーしており、大阪代表として国体に出場した経歴まであります。
キャプテンを務めたり将来有望でしたが、モデル業に専念するため引退したようです。
大学名は分かっていませんが、関西圏でプロバレーボーラーを輩出するレベルの大学となると大阪商業大学や近畿大学ではないか、と言われています。
ちなみに大谷さんは韓国で活動するために、ソウルにある名門私立大学延世(ヨンセ)も卒業しています。
この大学は日本でいう早稲田や慶應くらいの大学なので、大谷さんはスポーツだけで無く、かなり頭が良いということになりますね。
以前ビーチバレーでもその才能を発揮していました。
「ジャパンビーチバレーボールツアー2017ファイナル グランフロント大阪大会」(30日、10月1日)のエキシビジョンマッチ「スポーツ内閣杯」に出場。アスリートぶりを披露して600人のファンを沸かせた。
大阪・北摂で生まれ育った大谷。子供の頃からバレーボール一筋で、高校バレーの強豪・清風高では3年生の時に、大阪選抜チーム主将として国体にも出場した。
「バレーが無くなったら自分の半分が無くなる」というほど、子供の頃からバレーに打ち込んだ。
「ずっとバレーを通して育った。ボクの人生の一部。人間形成するうえで、バレーなくしては考えられない」。
大谷とバレーボールは切っても切れない縁で結ばれているようだ。
今もクラブチームでたまにプレーしているという大谷さん。
これからも時折バレーに打ち込む姿を見せてくれるかもしれませんね!
この辺で大谷亮平さんの紹介は終わりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。